「神をほめたたえる」 07.03.25
エフェソ5:15〜20
「あなたは、神さまとの深い結びつきの中に置かれているのだから、
神さまをほめたたえ、感謝しながら生きていったら良いのだよ」と、
教会に集う私たちに聖書は語りかけてきます。
私たちは、自分が信頼を寄せる神さまが、どのような方であるかを
知らされています。得体の知れない神さまではありません。
世界をお造りになった全能の創り主なる神さまです。その神さまは、
近寄りがたい存在というのではなく、子どもに良いものを与えてく
ださり(マタイ7:7〜11)、守り、養ってくださるような父なる神さまです。
しかも、愛する独り子イエス・キリストを十字架にかけてまでも、
私たちを救おうとしてくださる神さまです。そんな神さまとの、深い
結びつきの中に身を置く者としていただき、神さまをほめたたえつつ、
歩みを進める私たちです。
しかし、神さまをほめたたえる時にも、失敗を犯すことがあります。
十戒で「あなたの神、主の名をみだりにとなえてはならない」との
言葉が与えられています。神さまは、私たちに神さまの名をみだりに
唱えてしまう弱さがあることを見抜いておられました。神さまへの
誠実な心を失って、軽々しく呼びたてること。神さまを利用しようと
思いながら主な名を呼ぶこと。それらは、ほめたたえるというよりも、
みだりにとなえることになります。
しかし、みだりにとなえてしまうことを恐れて、主の名を呼ぶことを
やめてしまう必要はありません。神さまは、主に向き合い、主の名を
となえ、呼びかける者を、祝福される神さまです(民数記6:22〜27)。
人の失敗を探し、罰することを楽しみにしている方ではありません。
ですから、失敗を恐れ、神さまを恐れて生きる必要はありません。
主イエスが十字架にかかってくださったというのは、神さまに
対する失敗を恐れて、ビクビクしなくてもよくなったということです。
ですから、自分に失敗があっても、なお神さまを信頼し、
ほめたたえつつ、歩みを進めていくのです。